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PHILIPPINES 国際税務 税制改正 

【PHILIPPINES】デジタルサービス付加価値税法

2024.10.03

 2024年10月2日、マルコス大統領がRepublic Act No. 12023(共和国法第12023号)、通称Value-Added Tax on Digital Services Law(デジタルサービス付加価値税法)に署名し、10月3日にOfficial Gazetteに掲載されました。法律は掲載から15日後に施行することとされているため、10月18日に施行開始の予定です。本記事ではデジタルサービス付加価値税法の概要と、想定される影響に焦点を当てて紹介します。

1. 概要

 デジタルサービス付加価値税法は、Non-Resident Digital Service Provider(フィリピン非居住デジタルサービスプロバイダー)が提供するデジタルサービスについて12%VAT課税を明確化し、新たに法制化したものです。
 従来のVAT制度においては、サービスプロバイダーがどこで付加価値を生み出すかが基準となっていたことから、Netflix、Google、Spotifyに代表されるフィリピン非居住のサービスプロバイダーが、フィリピン国外からデジタルサービスを提供した場合には、フィリピンにてVATが発生しない状態にありました。このためデジタルサービスのフィリピンにおける消費者は、VATが課されないことにより、総負担額が抑えられてきたというメリットがあります。一方で近年のデジタルサービスの急拡大に伴い、以下の問題が顕在化してきたことから、デジタルサービス付加価値税法の制定に至りました。

1) 税収確保の機会逸失
 デジタルサービスという取引が生じているにも関わらず、フィリピン政府としては非居住の事業者に対して直接的な課税権が無かったことから、税収を得られていない状況でした。日本や東南アジア諸国を含む世界各国では、クロスボーダーのデジタルサービスに対する課税が浸透する中、フィリピンにおいては課税が遅れていました。
 大統領広報室の発表によると、今回のデジタルサービス付加価値税法の施行により、今後5年間で1,050億ペソの税収増を見込んでいるとのことです。

2) フィリピン国内のデジタルサービスプロバイダーの価格競争力喪失
 Netflix、Google、Spotify等の非居住デジタルサービスプロバイダーについてはVATが対象外であった一方で、国内事業者が提供するデジタルサービスにはVATが課されている状態でした。従って、国内事業者の価格競争力が相対的に不利な状況にあり、不満の声も挙がっていました。
 デジタルサービス付加価値税法では、国内外のデジタルサービスプロバイダーの公平な競争環境の整備を目的の一つとして掲げています。これにより、国内事業者のVATに伴う価格競争力の不均衡が解消され、国内事業者が提供するサービス利用者の増加が期待されています。
 課税対象となるデジタルサービスは、以下に例示されています。

a. Online search engine
b. Online marketplace or e-marketplace
c. Cloud service
d. Online media and advertising
e. Online platform
f. Digital goods

 日常的に利用している幅広いデジタルサービスが対象となり、経済に大きな影響を与えることが予想されます。なお教育関連のサービスに関しては、TESDA等の認定を受けていることを条件に、VATが免除されることとされています。

 

2. サービスプロバイダーへの影響

 非居住デジタルサービスプロバイダーのサービスは、12%VATが課されることになります。フィリピン国内の事業者であれば、消費者から徴収したVATを仕入れ時のInput VATと相殺し、差額をBIRに納付します。また、フィリピン国内の事業者はBIRのVAT登録事業者としてVATの納税が義務付けられているため、BIRとしても徴税をスムーズに行うことが可能です。
 一方で非居住デジタルサービスプロバイダーの場合、現行の制度ではBIR登録が義務付けられていません。そのため、非居住デジタルサービスプロバイダーからどのように徴税するかが課題です。従って、デジタルサービス付加価値税法において以下の対応が規定されています。

1) 消費者がVAT登録事業者でない場合
 消費者が個人、又は零細事業者であり、NetflixやSpotify等のサービスを受益する状況が該当すると考えられます。この場合、非居住デジタルサービスプロバイダーは、BIRのVAT登録事業者になることが求められます。非居住デジタルプロバイダーは消費者から回収したVATをBIRに申告・納税します。

2) 消費者がVAT登録事業者の場合
 消費者がフィリピンで事業を行う法人であり、Google(Google Workspace)、会計システム等のB to Bサービスを受益する状況が該当すると考えられます。この場合、新たにReverse Charge Mechanism(リバースチャージ方式)を導入する方針が示されています。リバースチャージ方式は、日本の消費税においても導入されている納税制度で、フィリピンではFinal Withholding VAT(最終源泉VAT)に相当するものです。リバースチャージ方式では、デジタルサービスの消費者・購入者・買い手・支払者が12%VATの源泉徴収を行い、翌月10日までにBIRに申告・納税することとされています。
 なお実務上は、本新法を把握していない非居住デジタルサービスプロバイダーへの支払い時に12%VATを源泉徴収した場合、売り手と買い手の間で認識の相違が生じることが想定されます。従って、源泉徴収義務者として12%VATの源泉徴収相当額をグロスアップすることで納税するなどの対応を求められる可能性があります。
 また非居住デジタルサービスプロバイダーの場合、Input VATの控除が実質的に不可能であるため、販売時のVATがそのまま納税額になると想定されます。

 

3. 消費者への影響

 12%VATが課されることにより、フィリピン国内の消費者にとって総負担額が増加します。サービスプロバイダー次第ではありますが、12%VAT分を価格転嫁する場合、消費者の支払額は従来1,000ペソだったものが、1,120ペソに増加します。
 今後フィリピン進出済みの企業は、非居住デジタルサービスプロバイダーのデジタルサービスに関して12%VATの源泉徴収・納税の対応が求められます。なおフィリピン税法において、仕入れ時のInput VATを販売時のOutput VATと相殺するためには、BIR認定のInvoiceを取得することが条件となっています。非居住デジタルサービスプロバイダーからBIR認定のInvoiceを受領できない場合、デジタルサービス利用時にVATを負担しているにも関わらず、Output VATとの相殺ができない可能性も想定されます。

 

4. 施行規則の公表

 デジタルサービス付加価値税法のImplementing Rules and Regulations(施行規則)は、同法の施行から90日以内に公表される予定です。また施行規則の公表から120日後に課税が開始されることが示されています。
 デジタルサービス付加価値税法には、さらなる解釈が必要な内容や、実務上の混乱を招きかねない内容も多く含まれている状況です。同法に違反した場合には、デジタルサービスを遮断することもあり得る方針が示されていますが、主な消費者であるフィリピン国民に直接的な影響が出てしまうことから、実現性に疑問が残ります。加えて、Netflix、Google、Spotify等の世界的大手企業以外の非居住デジタルサービスプロバイダーをどのように網羅的に捕捉するのか、フィリピン国内に拠点を持たない企業に実際にどのように納税させるのかなど、運用開始に向けて課題が顕在化してくると考えらえます。今後の施行規則及びその他通達等により、明確化が待たれます。

参照:Value-Added Tax on Digital Services Law(デジタルサービス付加価値税法)

朝日ネットワークスフィリピン 米国公認会計士 安藤拓也  tando@asahinet.ph