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PHILIPPINES 移転価格
【PHILIPPINES】移転価格税制
2024.10.29
本記事では、移転価格税制の基本的事項、フィリピンの移転価格税制の概要および留意すべき事項について紹介します。
1. 移転価格税制
移転価格(TP:Transfer Price)とは、国外の関連会社との取引価格のことです。例えば、親会社である日本法人と子会社であるフィリピン現地法人の間で、モノやサービスの取引をした場合、その取引価格のことを移転価格と言います。
移転価格税制は、恣意的な移転価格の設定による所得の国外移転や租税回避を防止するための税制です。関連会社間で取引を行う場合、外部の独立企業と取引する場合と異なり、支配関係が存在することから移転価格を恣意的に操作することが可能です。従って、例えば親会社所在国の法人税率が15%、子会社所在国の法人税率が35%であった場合に、法人税率の低い親会社所在国にできる限り利益(課税所得)を配分するような移転価格の設定が理論上可能となります。その場合、子会社所在国では本来得られるはずだった課税所得が減少し、税収が不当に減ってしまいます。移転価格税制は、これらの恣意的な移転価格の操作を防ぐために導入されています。
移転価格税制では、独立した企業同士の取引であれば成立したであろう独立企業間価格(ALP:Arm’s Length Price)に基づき、移転価格を設定することを求めています。移転価格についてはOECD(経済協力開発機構)がガイドラインを公表しており、各国がこのガイドラインを参考に移転価格税制を制定しています。
2. フィリピンの移転価格税制
フィリピンにおいても、2013年に移転価格ガイドラインとしてRR No. 2-2013が公表され、移転価格税制の整備が徐々に進んでいます。同ガイドラインは、上記のOECD移転価格ガイドラインに準拠しており、適用範囲、独立企業間価格の算定方法、文書化ルール、罰則規定などが盛り込まれています。特に文書化ルールに関しては、移転価格が独立企業間価格に基づくものであることの証明として、移転価格文書(TPD:Transfer Pricing Documentation)の作成・保持を納税者である企業に義務付けました。ここで求められる移転価格文書はローカルファイルに相当するものであり、機能分析や比較分析を含む詳細かつ多岐にわたる内容です。
一方、同ガイドラインにおいては、移転価格文書の作成・保持のみが義務付けられており、BIRへの提出は、BIRが要求した場合に限るとされていました。定期的な提出が義務付けられたわけではないことから、企業により対応が分かれた経緯があります。
その後、2019年8月には移転価格調査ガイドラインとしてRAMO No.1-2019が公表され、BIRによる移転価格の調査手続きや手法についての詳細が示されました。さらに2020年にはRR No.19-2020およびRR No.34-2020が公表され、BIR Form 1709および移転価格文書に関するBIRへの提出要件が定められました。BIR Form 1709および移転価格文書について以下で説明します。
1) BIR Form 1709
① 記載内容
BIR Form 1709は、関連者間取引の詳細を記載する報告書です。関連者情報(会社名、所在国、関係性、PEの有無等)、取引内容(取引の種類別に取引金額や条件)、追加情報(納税者の事業概要や移転価格文書作成の有無)を記載する必要があります。なおBIR Form 1709では移転価格の妥当性の検証については求められておらず、あくまでも関連者間取引を定量的に報告することが主旨とされています。
② 対象企業
(a) Large Tax Payers(大規模納税者)
(b) BOIやPEZA等から優遇税制の適用を受けている納税者
(c) 当課税年度および直近2期の課税年度で連続して営業損失
を計上している納税者(つまり3期連続で赤字)
(d) 上記a) ~ c)に該当する者と取引がある関連当事者
上記に該当する場合、移転価格を恣意的に設定している可能性、または恣意的に設定する誘因が相対的に高いことから、取引の概要をBIRが把握する目的でBIR FORM 1709の提出を義務付けられていると考えられます。
③ BIRへの提出
上記に該当する納税者は、BIRへBIR FORM 1709を提出する必要があります。ただし、該当しない納税者でも、財務諸表においてBIR FORM 1709に関する規定の対象外である旨を注記として開示する必要がある点にご留意ください。BIR FORM 1709は、Annual Income Tax Return(年次法人税申告書)に添付し提出することが求められます。従って、12月期決算の企業の場合は翌年の4月15日が提出期限となります。
2) 移転価格文書
① 記載内容
移転価格文書は、OECDの移転価格ガイドラインで求められるローカルファイルに相当します。移転価格文書には、組織構造、事業の性質、機能・リスク分析、独立企業間価格の算定方法などの内容を少なくとも盛り込むこととされています。併せて、自社グループの移転価格が独立企業間価格に基づく妥当なものであるか、分析結果を示す必要があります。
② 対象企業
(a) 年間売上高が150,000,000ペソを超え、かつ、
関連者取引高の合計が90,000,000ペソを超える納税者
(b) 課税年度における関連者取引高が以下の金額を超える納税者
(つまり、特定の関連者との取引が以下の金額を超える場合)
i. 有形資産取引(製品売買等)の売上高60,000,000ペソ
ii. 無形資産取引(サービス、利息、ロイヤルティ等)の取引高15,000,000ペソ
(c) 直前の課税年度において、上記(a)または(b)のいずれかを超えるために
移転価格文書の作成が義務付けられていた納税者
③ BIRへの提出
上述のとおり、移転価格文書はBIRの要求があった場合にのみ提出が義務付けられています。提出を要求された場合には、30日以内に提出する必要があります。
④ 移転価格文書の作成
上記①のとおり、移転価格文書には多くの内容を盛り込むことが求められ、数十から場合によっては百ページを超える文書となるため、作成には時間を要します。BIRに提出を求められてから作成を開始しても間に合わないため、あらかじめ作成しておくことが欠かせません。加えて専門的な分析や知識が必要となるため、移転価格文書の作成は外部の専門家に委託するケースが一般的です。また、一度作成しただけで対応が完了するわけではなく、通常は毎年更新し、移転価格の妥当性が維持されているかを検証することになります。
なお、一般的に移転価格税制は、国外の関連会社との取引を対象とします。一方、フィリピンにおいては、国外の関連会社との取引に加え、PEZAやBOI等の優遇税制を利用している国内の関連会社との取引も対象となります。例えばPEZA登録企業であるフィリピン現地法人A社、非登録企業であるフィリピン現地法人Bが同一グループ内に存在した場合、A社とB社間の取引は関連会社間取引にあたり、移転価格税制の対象に含まれます。
フィリピン国内の関連会社間取引も含まれる背景として、適用される法人税率の違いが挙げられます。上記A社は免税もしくは特別法人税率5%が適用されるのに対し、B社の場合は通常法人税率の25%が原則として適用されます。従って、税率差を利用した恣意的な移転価格の操作が理論上は可能であることから、移転価格税制によりモニタリングの対象とされています。
3. 移転価格税制に関連する税務調査
移転価格関連の税務調査は、前述の移転価格調査ガイドラインに基づき実施されます。現在のところ、フィリピンにおいて移転価格関連の税務調査は、一般的にまだ少ないと言われます。しかしながら、日本を含む各国で移転価格関連の税務調査が定着・拡大している状況を踏まえると、今後はフィリピンでも本格化していくことが想定されます。
移転価格の設定に関してBIR側から疑義を持たれた場合、納税者である企業は移転価格文書を通じて、その価格設定が独立企業間価格に基づくものであることを説明する義務を負います。移転価格文書が提出できない場合、または提出したもののその説明に合理的な根拠が乏しい場合は、BIR側が独自に算定した移転価格を適用され、その差額に対して法人税およびペナルティが課されることになります。
なお、移転価格の設定については、事前確認制度( APA:Advance Pricing Arrangement)によってBIRに対して事前に妥当性を確認してもらえる制度が用意されています。2022年には相互協議手続き(Mutual Agreement Procedure)に関するRR No. 10-2022が公表されました。一方で、事前確認制度の具体的な手続きを定めたガイドラインは未だ公表されていない状況です。
4. 最後に
フィリピンでも移転価格税制の重要性は増しており、対応は現地法人だけでなく親会社を含むグループ全体で行う必要があります。また、移転価格文書の作成には専門的な分析や高度な知識が求められるため、早めに移転価格に精通した専門家へご相談することを推奨いたします。
朝日ネットワークスフィリピン 日本公認会計士 篠原之典 yshinohara@asahinet.ph